ひな人形 五月人形の増村人形店

五月人形のモチーフにもなっている戦国武将。人気の武将について解説

五月人形も種類が豊富ですが、戦国武将がモチーフになったものはどうでしょうか。
人気の戦国武将の特徴や、どんな五月人形になっているのか、人形に込められている思いを解説します。

五月人形はいろんな種類があって迷ってしまいますよね。
せっかく五月人形を買うならば、人気の戦国武将がモチーフになっている五月人形はいかがでしょうか。功績の高さや、武将の性格から、こんな子に育って欲しいといった願いを五月人形に込めることができます。人気の戦国武将の特徴をご紹介するので、歴史に詳しい人も詳しくない人もぜひ購入のヒントにしてみてください。

1.好きな戦国武将やゆかりの地で五月人形を選ぶ

五月人形は男の子の健康と成長を願って飾りますね。五月人形には、徳川家康や伊達政宗といった戦国武将をモチーフにした五月人形がありますから、その人の功績、性格のように育って欲しいという思いを込めて飾るのもいいでしょう。もしくは、子どもの出身地にゆかりのある戦国武将を選ぶのもいいかもしれません。お気に入りの戦国武将を見つけて五月人形を選んでみましょう。

2.人気の戦国武将とその意味

伊達正宗

有名なエピソード

豊臣秀吉の天下統一の目前に、秀吉に従って小田原攻めに加わるかの判断に迷ってしまったことがありました。結果的に秀吉に従うことにしたのですが、決断に時間がかかってしまい、秀吉を怒らせてしまうことになってしまいます。そこで、伊達政宗は豊臣秀吉の前になんと白装束の格好で行き、謝ったことで、死の覚悟はできているという意思表示をしたのです。結局、秀吉もこのパフォーマンスを気に入って、伊達は無事でした。

人柄・イメージ

「伊達男」という言葉を定着させたとも言われているように、おしゃれで派手な人というイメージがあるようです。それだけでなく、振る舞いも大胆だったことから、恐れずに挑戦する性格とも言われるようです。

ゆかりの地

出身は現在の山形県のあたりで、ゆかりの地は宮城県の仙台市です。東北の武将でした。

五月人形の鎧や兜のデザインの特徴

三日月をモチーフにしたデザインが多いです。武将たちの間で広まっていた「妙見信仰」から月を神秘的なものと捉えていたことが由来していると考えられていると言われています。

五月人形に込められた想い

目標に向かって突き進む、聡明さのある子に育って欲しいというような思いがあります。

上杉謙信

有名なエピソード

13歳のころ、奥州、出羽、関東などを1年間修行してまわったことがあったそうです。これは、謙信が親のおかげで一国を保つ身分になったことを受け、これでは苦労が足りないと考えて出た行動です。今後、善悪の判断を付けられるようにならなければならないという芯の通った考えを持っていました。

人柄・イメージ

最強の戦国武将の一人とも言われ、敗戦もごくわずかと言われています。私利私欲よりも義を重んじる人柄で、真っ直ぐな心の方だったそうです。敵であった武田信玄が塩不足で困っていると知ると、塩を贈ったエピソードもあり、やさしい方であったことも伺えます。このエピソードは「敵に塩を送る」ということわざの語源にもなっています。

ゆかりの地

生まれたのは現在の新潟県の上越市で、新潟県がゆかりの地とされています。

五月人形の鎧や兜のデザインの特徴

太陽を表す、日輪と三日月の形が特徴です。上杉謙信も妙見信仰の影響を受けていたそうですが、その中でも特に月と太陽を信仰していたため、日輪と三日月のイメージとなっています。

五月人形に込められた想い

意思の強い子に育って欲しいや、みんなに優しい子に育って欲しいといった願いが込められています。

武田信玄

有名なエピソード

疫病で亡くなったとされる武田信玄は、「自分が死んだことを隠せ」と言ったといわれています。息子の勝頼の力を信じていなかったことから、自分が死んだとなれば敵の士気も高まってしまうと考えました。そのため、死んだことは隠して戦い続けて欲しいと思っていたそうです。戦いの強さを言われる武田信玄ですが、死ぬ間際まで戦いに勝つことを考えていたのです。

人柄・イメージ

情報収集力に優れていたとされ、さらにはその情報を分析する力にも長けていたといわれています。戦略家のイメージがありますが、家臣や領民を大切にしており、周囲の人から信頼が厚かったとされています。

ゆかりの地

出身は現在の山梨県のあたりで、その他長野県、愛知県もゆかりの地とされています。

五月人形の鎧や兜のデザインの特徴

前立てに赤い鬼の顔や鹿の角をつけています。また、ハグマの白毛をイメージした白毛が施されています。

五月人形に込められた想い

周りの人から信頼されるような人になってほしいという思いが込められています。

織田信長

有名なエピソード

鉄砲を積極的に戦に使ったことが有名です。当時、鉄砲は最終兵器とされていましたが、信長は通常時から使用していました。長篠の戦では、3000丁の鉄砲を使ったとして、当時では異例の多さです。戦にも勝利することができました。また、「座」という、商人たちの組合のようなものを廃止したり、市場税も廃止するというように、不要と考えたことはすぐに取りやめたこともあります。

人柄・イメージ

リーダーシップがあって決断力もある、潔い人柄でした。新しい政策を考え、それを実行に移し、戦にも挑んでいく姿はかっこいいと言われることも多いです。また、身分が低い者とも仲良くしたりと、庶民からも好かれていたそうです。まさにみんなのカリスマ的な存在でした。

ゆかりの地

出身は愛知県ですが、その他に滋賀県や岐阜県、京都府もゆかりの地と言われます。

五月人形の鎧や兜のデザインの特徴

家紋である木瓜紋(もっこうもん)と御簾(みす)が特徴になっています。木瓜紋は、地上の鳥の巣で小鳥が飛び立つことから子孫繁栄、御簾は宮殿、寺院のすだれのことで、神のご加護への期待が含まれています。

五月人形に込められた想い

リーダーシップを持って、先頭に立てるような人になってほしいという願いや、新しい時代を切り開けるようになってほしい、新たなことに挑戦して欲しいという思いが込められています。

徳川家康

有名なエピソード

豊臣秀吉から持っている高価な茶碗を自慢されることがありました。そのときに、家康は自分にはこんなに披露できるようなものを持っていないが、私のために飛んできてくれる家臣がいる、家臣が宝だと話したそうです。

人柄・イメージ

戦いにも勝利し、天下を取った家康はやはり何があっても最後まで突き進むというイメージがあります。徳川300年の歴史にまでなりますから、その基盤を作った子孫繁栄といったイメージもありますね。

ゆかりの地

生まれは現在の愛知県の岡崎城です。もちろん東京都、そして静岡県にもゆかりがあります。

五月人形の鎧や兜のデザインの特徴

繁栄と長寿の対象であるシダの葉をモチーフにしているのが特徴です。江戸幕府を開くきっかけとなった関が原の戦いで身に着けていた鎧兜は縁起がいいとして扱われました。

五月人形に込められた想い

子孫繁栄から、たくましい男の子に育って欲しい、最後までやりぬけるような子になってほしいといった想いが込められています。

直江兼続

有名なエピソード

直江兼続といえば直江状が有名です。兼続は、上杉景勝の家臣でした。豊臣秀吉の死後、徳川家康は景勝に、自分に従うことを求めました。それに反発した兼続が家康に充てておくった反論の手紙です。義を重んじていたのがわかります。

人柄・イメージ

知性や教養があり、頭がいいイメージと、心優しく愛を大切にするといったイメージがもたれます。

ゆかりの地

現在の新潟県が出身地であったこともあり、ゆかりの地は新潟県になります。

五月人形の鎧や兜のデザインの特徴

「愛」という感じをモチーフにしていて、それが印象的です。この「愛」は愛宕神社
から取られていて、上杉謙信が戦勝祈願をした神社の名前が由来しているという説と、信仰しいていた愛染明王から取ったという2つの説があります。

五月人形に込められた想い

知性や教養のある子に育ってほしい、愛を大切にする優しい子に育ってほしいといった願いが込められています。

3.その他の五月人形の種類

戦国武将をモチーフにした五月人形以外にも、さまざまな五月人形があります。例えば、金太郎は元気で優しい子に育ってほしいという願いが込められます。魔除けの力があるという鍾馗(しょうき)という神とされてきた存在や、武勇と平和の象徴とされる神武天皇がモチーフになった五月人形もあります。

4.まとめ

戦国武将をモチーフにした五月人形だと、どんな子どもに育って欲しいかが明確に願いを込められますね。出身地、人柄や功績といった項目から選ぶと、数ある五月人形も選びやすくなります。ぜひ、子どもの成長祈願を人気の戦国武将の五月人形に込めてみませんか。