ひな人形 五月人形の増村人形店
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百年以上もの歴史を刻む 鍛冶職人がルーツの甲冑づくり

すべて昔のままの手づくりで伝統を守り継ぐ京の甲冑師

「お客様の要望に応えることが出来るのは手作りだからこそ。これからも一つ一つを大切に作っていきたい。」

平安神宮の大鳥居にほど近い、三条・粟田口の町家に甲冑工房はあります。玄関から奥の細長い通路の先が匠の作業場。トントンと何かを叩く音が近づきます。訪れた時は、ちょうど鉢となる鉄板に小槌をふるっているところで、兜鉢が幾枚もの鉄板からできていることがわかります。

粟田口清信は、京都粟田口の刀匠・三条小鍛冶宗近の流れをくんでいます。そのルーツは鍛冶職人。古くは「山城国平安住粟田口清信」と名乗っていたそうです。明治時代に入り、廃刀令がしかれ武具の需要が減ったことを機に甲冑制作にのりだした歴史があります。昔ながらの工房で生まれる甲冑は、生地造り・彫り・糸通しなどほとんどの工程を職人の手でおこなっています。

 

「長い歴史のなかで培われたもんやから、ええかげんなことできひん。手を抜くっていう言葉自体がおかしいんですよ。裏表なく、小さなことを積み重ねることが僕らの甲冑づくりですわ」
と、ほがらかな四代目・清信師。一世紀以上にわたって培われてきた工程にこだわり、鉄・革・絹糸などの素材も一貫して変わりません。歴史考証を重んじ、勇壮で格調高い作風で知られる名匠。兜飾りから着用鎧まであらゆる種類の甲冑を手がけています。

「お客様の要望に応えることが出来るのは手作りだからこそ。これからも一つ一つを大切に作っていきたい。」

「お客様の要望に応えることが出来るのは手作りだからこそ。これからも一つ一つを大切に作っていきたい。」

粟田口 清信

円熟の技がひかる同じものが一つとない工芸品

粟田口 清信

京都の貴族社会で生まれ、発展を遂げた京甲冑はきらびやかで優雅でありながらも力強く、誇り高い伝統の技が息づいています。気がとおくなるような工程にこだわるのは、どんな理由からなのでしょうか?

「時代とともに技術が進歩するなか、一貫して手作りにこだわるのは“端午の節句”のお守りであることが大きいんですよ。五月人形には、男の子が幾多の困難に打ち勝って、たくましく成長するようにとの祈りが込められています。これら兜や鎧には、神具や仏具と共通するような技術も使われているほどです。だから、丹念にまごころを込めてつくることを意識しています」
と、五代目の中嶋伊智朗さん。仏教系大学で文学と哲学を学び、父に師事する伝統工芸士です。過去の卒業論文では「織部茶碗作りとその精神背景を探る」をテーマに、日本人のものづくりの心を探究。

「幼い頃からほんまもんを目にすることは、これからの価値判断を育む情操教育につながると感じています。健やかな成長を祝うばかりでなく、京甲冑を美術工芸品として見る目を養うことにも役立ててもらえばうれしい。職人として、同じものが一つとない手作りのよさも伝えていきたい」
と、伊智朗さん。今日もまた工房に小気味よい木槌の音が響きます。

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プロフィール

粟田口 清信のあゆみ

昭和11年、京都市に生まれる。京都粟田口の刀匠・三条小鍛治宗近の流れを組み、昭和30年に先代・粟田口清信に師事。以降、細部に至るまで一貫して手作りによる技術を研鑽し、甲冑製作に従事する。

粟田口清信を襲名し、四代目当主に就任後も活躍目覚しく、平成元年、経済産業省指定伝統工芸士に認定。平成13年には「京の名工」京都府伝統産業優秀技術者表彰を授賞。
数々のコンクール等において輝かしい功績を残す京都甲冑界を代表する名匠。