ひな人形 五月人形の増村人形店
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燻し銀の「大鍬」が独特の 味わいを醸し出す京の匠

職人気質を誇るあくなき挑戦者

武久 寛宗

1200年の時を経て、今なお最高峰に君臨する京甲冑。雅やかな京文化を背景に生まれ育った甲冑は、金属工芸に加え、金箔、縅糸の組紐、木彫龍の前立てなど、きらびやかなのが特徴。これらの製作とともに、たくさんの部品を一つにまとめ上げていくのが甲冑師の役割です。

京都御所の西側、出水通に面して武久寛宗の工房はあります。入ってすぐの出窓には、ミニチュアサイズの「大鎧(おおよろい)」。通常の大きさと同じ素材や技法で高さ30㎝の鎧を再現しています。

小さいながらも存在感たっぷりで、細部にわたる装飾や独特の色合いに目をうばわれます。匠の工房は小ぶりで機能的。根っからの職人気質で道具にもこだわり、糸のこぎりや大小の木槌、用途に応じた自作のニッパーやペンチなどが所狭しに並んでいます。

佐治完三さんは京甲冑製作の大家である旧武久の三男として生まれ、子どもの頃から京都の伝統工芸にかこまれて育ちました。
「最近はこんなん言いませんが、がまんして覚える丁稚は大事やんな、と。たくさん経験してそれを磨いていくから、人のできん事ができる。自分でできる事が多くなったら、おもしろくなっていきますやんか」と、少年のように目を輝かせます。学校卒業後50年あまり、ひたむきに技を磨いてきた職人人生。より勇壮で美しいものをと競う甲冑界のなかでも、ひときわ異彩を放つ存在です。

突出した技量と感性で一枚の鉄板に息吹をふきこむ

突出した技量と感性で一枚の鉄板に息吹をふきこむ

完三さんの歩みは、ものづくり一筋。プラモデル好きだった少年は高校卒業後、職業訓練校にて金属塗装の基礎を学びました。そして誰もが知る自動車メーカーの塗装に腕をふるったことに始まります。その後、旧武久に入門し初代・武久、初代・智尚に師事し30年近く家業の京甲冑づくりを盛り立てます。

「なんでもイチからやってみたい」という探究心から、甲冑生地師、甲冑飾金具師のもとに弟子入り。こうして甲冑にまつわる塗装や色彩感覚、生地、飾金具などの知識と技をも身につけました。

満を持して、平成8年に自身の工房阿世利亜を設立します。「お客さんにとって甲冑は、一生に一度ぐらいの買い物。そう思うと一作一作、甲冑のすみずみまで自分の目で確認せずにはおられないんですわ。できる数は少なくとも、満足のいくもんを世に送り出したい。今はこれからどんなものを作ろうか?と考えている時が一番楽しい」。
武久寛宗の魅力は、伝統を受け継ぐ確かな技と、類まれな発想力にあるのでしょう。

突出した技量と感性で一枚の鉄板に息吹をふきこむ

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プロフィール

武久 寛宗のあゆみ

昭和23年、京都二条城の所司代跡にて、初代・平安武久(佐治久三郎)と母、知(智尚)の三男として生を受ける。初代・武久、京都市伝統産業技術功労者受賞の初代・智尚に師事し、伝統の技を習得。その後、通産省大臣より伝統工芸士に認定される。

平成8年に工房阿世利亜を設立し京都武久寛宗と名乗る。京都府伝統技術コンクールを始め、数々のコンテストにおいて高い評価を受ける京甲冑師。すべての作品に目を通して製作に携わることから、年間の作品数は限られている。作品は少なくとも、その存在感は抜群。