ひな人形 五月人形の増村人形店
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伝統と革新。豊かな感性を お雛様に託す、京の人形司

晴れの日を演出する「本着付け」のパイオニア

晴れの日を演出する「本着付け」のパイオニア

「もろともにひいな遊びして給う」と、源氏物語にも残されているように、平安の世から親しまれてきた人形遊び。
「ひいな」とは、小さくてかわいいものという意味で、広く人形のことを意味しています。人形をいつくしむ気持ちは、いまも変わりありません。

三宅玄祥の雛人形には華があります。女の子の成長を願うお祭りには、やはり華やかさが欠かせません。
お殿様は、威風堂々とした存在感を。
お姫様は十二単の襟元と袖口の流線にこだわり、あでやかに。華やかさとは、彩りだけでなく、そこはかとなく漂う色気や気品が大切だと考えています。

初代・三宅玄祥は16歳で当時名人と謳われた京人形師のもとに弟子入りし、積み重ねた経験は60余年。
若くにして頭角をあらわし、27歳で独立しました。

一貫した信念は、「隅々までちゃんとした仕事をすること」です。 京人形界でいち早く最高級の「本着付け」にこだわり、一枚一枚の衣装を人が着たものと同じようにすることに取り組みます。 これは、見える部分だけ布を重ねる簡略式とは比べものにならないほど手間がかかり、そのうえ高い技術が求められます。具体的にお雛様は、およそ500枚もの生地を組み合わせて作りあげられ、京人形の製作工程数は数百工程にも及びます。 平成25年、これまでのたゆまぬ努力と功績が認められ「瑞宝単光章」を受けました。

伝統の美しさを現代感覚で活かす

伝統の美しさを現代感覚で活かす

「こうして京人形が愛されているのは、何世代にもわたって技を受け継いできた先人達のおかげです。職人の技や、選び抜かれた素材など、そのすべてが伝統として脈々と受け伝えられています」と、二世・三宅玄祥。
幼い頃より京人形に親しみ、わずか小学五年生から裁ちばさみを持って「裏打ち」の手伝いをはじめました。
遠い記憶にあるのは、座り仕事に打ち込む両親の姿。訪れた工房でも、その光景は変わりません。

現在、二世は京人形伝統工芸士として活躍する一方、「Samurai Armor Bag」というブランドを立ち上げ、世界に発信中です。目的は、日本の伝統の技を広く知ってもらい、京人形の魅力にふれてもらうことです。

「父が京人形界に新風をまきおこしように、挑戦しつづけるのが三宅玄祥のDNAだと感じています。
都市型の暮らしが主流になってきた今、いかに雛飾りの文化を次の世代につないでいくかを考えていきたい。
そして伝統工芸士として、新しいことにもチャレンジしてこれまで先人が培ってきた伝統を守りたい」と、抱負を語ります。
今後のさらなる展開が楽しみです。

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プロフィール

三宅玄祥のあゆみ

昭和16年京都生まれ。16歳で京人形司のもとへ師事。
感性と技を磨き、27歳という若さで独立。
平成元年に経済産業大臣指定伝統工芸士認定。平成20年京都府伝統産業優秀技術者受賞。平成25年にその輝かしい数々の功績が認められ、瑞宝単光章勲章を受賞する。

現在に至るまで、数々の人形展において高い評価を受け、三宅玄祥の名を不動のものとしている。