ひな人形 五月人形の増村人形店

京都 桃玄

“桃玄”ならではの美しさを追求 最善をつくし、末永く愛されるお雛様を

西陣織の魅力を引き出す京の若手着付け師

京都 桃玄

桃玄のお雛様は、姿勢の良い凛とした佇まいが美しく、はっと目を引く色合わせが評判です。同じ作家のお顔を付けたとしても、桃玄作はお顔がよりすっきり見えるから、不思議です。

「西陣織」の魅力をあますことなく引き出す―これは、生まれながらの持ち味でしょうか。若手着付け師の感性が一作ごとに宿ります。
父は京友禅作家。物心ついた頃から西陣織の手描き制作に打ちこむ両親の背中をみて育ってきた小南(こみなみ)政信さん。

 

「家業を手伝いたくて、小学校を卒業した頃から絵筆をにぎっていました。
いそがしい母を少しでも助けたかったんでしょう。ズボンの裾上げも、学校の先生に教えてもろて手縫いしとったんですよ。なんでも研究、やってみることやと思います」―と、こころ優しく手先が器用だった子どもの頃。工芸高校卒業後、いまの前身となる初代京都桃玄の工房に入り、京都市伝統技術功労者・瑞宝単光章作家である先代に師事。30歳という若さで二代目・京都桃玄を襲名しました。

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アフターケアも心を込めてお天道様に恥じないものを

小南さんには忘れられない修理依頼があります。弟子入り時代に手がけた雛人形が28年もの時を経て、手許に戻ってきました。
「お雛さんは親から娘への愛のカタチです。親ごころがあり、月日とともに思い出も刻まれています。せやけど、大切に飾っていもろたとしても、長年の月日の劣化はさけられません。『これからも変わらず飾り続けたいから、美しくよみがえらせてほしい』という相談を電話口で受けた時は、背筋が伸びましたね。どれだけの愛情が自分が作ったもんに込められているんやろかと…。とにかく精一杯やりたいから、修理に十分な時間をくださいと答えました」

小南さんは職人として、持ちうる限りの技で答えようと力を尽くしました。時間をかけた丹念な手作業により、美しくよみがえったお雛様。その姿は今でも作り手のこころに残っています。

 

「ある時、増村人形店さんから、着物をもっとやわらやく身につけたようなお雛様をつくってくれないか?」
というリクエストがありました。あれこれと悩みまして…。
とある仁王さんの石像の背中を見て、「シワは、寄せるものではなく浮き出るもんやないか?」と気づかされたんです。ものづくりに迷った時、京都の神社仏閣や四国の「お遍路さん」などを巡り、そこで見た先輩職人達の作品から創作のインスピレーションを得ているそうです。

「人はみな死に向かって生きています。エンマ様に出会った時、“私はこれまでの人生で最善を尽くして仕事をしてきました”と胸をはって答えたい。お雛さんは私の分身のようなもんです。そやから、お天道様にはじないものをつくり続けたい」と、穏やかに語る小南さん。
これからの京人形界を牽引する貴重な存在です。

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プロフィール

京都 桃玄のあゆみ

昭和43年京都生まれ。京都西陣手描友禅を生業とする家で育ち、感性を磨く。京都高等工芸学校・美術デザイン科卒業後、京都桃玄に入門。京都市伝統技術功労者であり、瑞宝単光章授章作家である先代に師事。その元で研鑽を重ね、30歳という若さで二代目・京都桃玄を襲名する。